2011年10月1日土曜日

演出論的覚書:Ⅳ章4節2款α:BGM

  (α)BGMについて。AVGにとってのBGMは、キャラクターやムードを描写する表現手段の一つであるとともに、それにとどまらず、ひとまとまりのシーン(の継時的同一性)を成り立たせる要素として、おそらく他分野(例えば映画やアニメ)におけるBGMの機能と比べてもいっそう大きな重要性を持っている。

  なかでもキャラクター専用BGM(各キャラクターのテーマ曲)は、アダルトゲームが実践してきた特徴的な音響利用手法の一つである。これは音響面からキャラクター(のアイデンティティ)を表現するものであり、ここではBGMがいわばライトモティーフ的機能を担っていると言える。これを応用して、例えば親族関係にあるキャラクター同士の専用BGMで共通の主題が使用されることがある(――有名なのはLeaf作品の「長瀬一族のテーマ」)。
  劇中でキャラクターが楽器を演奏する作品では、そのキャラクターの専用BGMにおいてもその楽器が使用されることがある。これもキャラクター表現と音響表現を結びつけるユニークな演出である。実例として『ぶらばん!』ゆずソフト、2006年)、『ヴェルディア幻奏曲』がある。

  楽曲のアレンジ(編曲)や変奏が利用されることも多い。最も典型的には、本編中の重要なシーンやエンドロールにおいて、メインテーマや主題歌をアレンジした曲が流される。さらにこれを拡張して、一作品内のBGM全曲の間で動機共有または主題-変奏を行っている作品も多い。この場合には、循環形式相当の効果をもって作品全体に強い統一感が与えられる。映画音楽において開拓された手法であるが、コンピュータゲームにおいてもBGM作曲の通常形態として広汎に普及している。『水月』『パティシエなにゃんこ』『Aster』RusK、2007年)、『エインズワースの魔物たち』アイル、2008年)等々、実例はすでに無数に存在する。

  クラシック、童謡、民謡などの既成有名曲を用いて、そのイメージに訴えるものもある(註24)水無神知宏がシナリオを手掛けた『Crescendo』D.O.、2001年)と『せ・ん・せ・い3』D.O.、2002年)はその優れた例証である。
  他方で、意図的に場違いなBGMが使用される場合もある。例えば『Rance』シリーズにおけるアダルトシーン用BGM「我が栄光」は、旧東ドイツ国歌をアレンジした勇壮な曲想である。また『ラムネ』ねこねこソフト、2004年)には、日常シーン用BGMのままアダルトシーンへ移行する場面があり、特異な効果を挙げている。同じように、凄惨な場面に牧歌的なBGMを使用することによって逆説的にそのシーンの異常性を強調する演出が、『夢幻廻廊2』Black Cyc、2009年)にも見られる。

  さらに、場合によっては無音表現(BGMが鳴らされていない状態)も演出となる。瞬間的な無音化はめざましい緊張感をもたらすし、長大な無音進行はプレイヤーの時間感覚に強く作用する。実例としては、『果てしなく青い、この空の下で…。』TOPCAT、2000年)、『ヤミと帽子と本の旅人』ROOT、2002年)、『SWAN SONG』などが長時間無音進行を多用している。

註24) 国内PCゲームにおけるクラシック音楽の利用については、とおくのおと出張版内の記事クラシック音楽が使われているエロゲのまとめを参照。BGMとしての使用例のみならず、作中で登場人物に言及乃至演奏させる場合も含めて、70本以上の実例を詳細に紹介している。
  童謡及び民謡については、例えば『とおりゃんせ』Crime、2000年)が「とおりゃんせ」を使用し、また『るいは智を呼ぶ』暁WORKS、2008年)が「かごめかごめ」を使用している。いずれも不気味なムードを表現する際に用いられている。他方で『R.U.R.U.R』では、「夕焼小焼」や「はないちもんめ」が哀感のある使われ方をしている(――そのほかマザーグースからの引用も見られる)。『神樹の館』には「草迷宮」の一節を唄った手鞠唄があり、『FOLKLORE JAM』HERMIT、2003年)と『とっぱら』にも(どちらもおそらくオリジナルの)数え歌が唄われている。『巫女みこナース』PSYCHO、2003年)の主題歌は、京都の通りの数え歌の一節を引用している。『片恋いの月』及び『Wizard's Climber』は、学園生活のイメージを喚起する趣旨でオクラホマミキサーを使用している。『SEVEN-BRIDGE』はグリーンスリーブスや「大きな古時計」を使用しており、『僕と彼女とココロの欠片』MilkyKiss、2003年)は「スカボロー・フェア」等の有名曲をアレンジしてBGMに使用している。また、上記「まとめ」ページによれば、『灰被り姫の憂鬱』MBS truth、2001年)では「埴生の宿」が編曲のうえで使われているという。これらの中で最も名高く最も印象的だとされるのは、『螺旋回廊』における「赤鼻のトナカイ」である。


  【追記コメント】
  自社旧作のBGMを引っ張ってくる場合もある(cf. Ⅳ章3節3款)。典型的には、旧作のイメージを引き継ぐために旧作BGM(のアレンジ曲)を流したり、あるいは旧作キャラクターの登場時にそのキャラクターに関わるBGMを流したりするもの。例としては、『ToHeart』『ToHeart2』(最も包括的な例:通常シーンのほぼ全曲が前作BGMのアレンジ)、『パティシエなにゃんこ』『奥さまは巫女?R』(ひよこ館に立ち寄る場面)、『カルタグラ』『殻ノ少女』(和菜が登場する)、『D+VINE[LUV]』『とびでばいん』(ボス戦BGMのアレンジ)などがある。ソフトハウスキャラにも、『うえはぁす』『真昼に踊る犯罪者』『アルフレッド学園魔物大隊』それぞれに葵屋温泉を訪れるイベントがあり、そこでは第一作『葵屋まっしぐら』のお宮キャラクターBGMのアレンジ曲が流れる。本文で挙げた「長瀬一族」の作品横断的テーマ曲使用もこれに属するものといえ、この場合はクロスオーバー表現にも関わっている。一捻りした例としては、『ToHeart』作中で映画を観るシーンで、映画の中に『痕』キャラクターが登場し、それとともに『痕』のBGMが(そのままの形で)流れる場面がある。同様に『恋色空模様』にも、作中でゲームをするイベントで、『巫女さんファイター涼子ちゃん』の主題歌BGMアレンジが流れる(――同様のシチュエーションである『Piaキャロ』シリーズの旧作映画シーンや『せ・ん・せ・い3』『加奈』映画シーンがどうなっていたかはよく憶えていない)。さらには『Rance』シリーズの「我が栄光」も共通BGMの例である。続編やFDをあまりプレイしないので実例はほとんど知らないし、こうした音楽表現は気づきにくいものであろうが、実例は多いのではないかと想像している。
  他方で、低価格タイトルなどでは、コスト削減のために背景画像やBGMを自社旧作から流用する場合もあるらしい。そうした場合は、共通素材であるという事実は個々の作品にとって内的な意味は持っていないだろう(――例えば、lightの『潮風の消える海に』のBGMの一部は、同社の『僕と、僕らの夏』からの使い回しであるらしい。両作品の音楽担当=樋口秀樹は同一)。
  このあたりの話も、適切な事例が集まったら本文に組み込むかも。

  「キャラクター専用BGM」と「同一曲の変奏orアレンジ展開」の双方が複合使用される場合もある。つまり、同一のキャラクターBGMが、いくつかのヴァリエーションをもってその都度の場面のムード等に応じて使い分けられるというもの。一例として『pianissimo』が挙げられる。『ラブラブル』(SMEE、2011年)にもこの種のBGM使用があったと聞く。また類例として、キャラクター単位ではなく勢力単位で共通BGMのアレンジ展開をおこなうものもある(例:『鬼畜王ランス』)。非常に明快かつ効果的に、その都度の状況とその意味づけを表すことができる。

  BGMの変奏/アレンジのシステマティックな使用に関しては、AVG分野よりもSLG分野に、興味深い成果が見出される。例えば経営SLG『ブラウン通り三番目』(ソフトハウスキャラ、2003年)では、メイン画面のBGMが四季の移ろいに対応して4種類のBGMを持っており、しかもそれぞれが店の発展状況に応じて編成を増していく(――つまり店の発展とともにBGMがどんどん賑やかなアレンジに移行していく)。つまりここでは、SLGパート上の「季節」と「繁栄度」の2つの要素を参照して、その都度の状況に対応したBGMが使用されるようになっている。また、上で言及した戦略SLG『鬼畜王ランス』では、各勢力毎にテーマ曲が存在し、さらにそれぞれが喜怒哀楽のアレンジを持っている。この作品のBGMは、各イベント毎に「勢力」と「ムード」の2つの要素に照らしてそれぞれ対応するBGMが使用されている。
  アレンジ使用の最も名高い例は今なお『アトラク=ナクア』(「Going on」)のそれであろう。

  実例いろいろメモ:
  『パティシエなにゃんこ』には、携帯着信音に「ねこふんじゃった」SEあり。『奥さまは巫女?R』では携帯着信メロディSEに『天国と地獄』より「カンカン踊り」を使っている。『皇涼子』EDには「一週間の歌」。『幼なじみは大統領』には『ヴァルキューレ』の「ヴァルキューレの騎行」(第三幕序奏)を模したBGM――映画『地獄の黙示録』パロディと思われる――がある(※BGM鑑賞モードには登録されない)。同様に『鬼ごっこ!』ALcot、2011年)では、金太郎の子孫のヒロインは専用BGMが童謡「金太郎」のアレンジになっており、乙姫の専用BGMは唱歌「浦島太郎」のアレンジになっている。『化石の歌』はJ. S. バッハのオルガン曲3つ(パッサカリアとシュプラーコラールと、それからもう一曲知らない曲)を使っていた。『とらぶる@すぱいらる!』(Aries、2011年)には「天国と地獄」序曲の有名な部分と、「カルメン」の「闘牛士」。『空色の風琴』にも、J. S. バッハの「フーガの技法」を初めとしていくつかのクラシック既成曲が使用されている。
  そういえばLiar-soft作品についてこうした既存曲使用の話を耳にしたおぼえが無いが、実際のところどうなんだろうか。いかにもたくさんありそうなのに(――私は『SEVEN-BRIDGE』の例くらいしか思い当たりが無い)。
  このほか、web検索で見たかぎりでは、『BLOOD ROYAL』(ちぇりーそふと、1999年)及び『EXILE』(ちぇりーそふと、2000年)、『傷モノの学園』『蒼ざめた月の光蒼ざめた月の光』『HOTEL.』などもクラシック曲を使用しているらしい。『都合のよいセックスフレンド?』(WAFFLE、2011年)も「ヴァルキューレの騎行」を使用しているらしい。『てのひらを、たいように』Clear、2003年)も、同名曲を使用しているらしいが、未確認。『むすんで、ひらいて』タイガーソフト、2006年)は不明。『雫』には「仰げば尊し」を歌うシーンがあるが、1996年版ではテキストで言及されるのみで楽曲が音響出力されるわけではなかった。2004年の「リニューアル」版でどうなっていたかは未確認。

  本文で挙げた『ラムネ』と同じ趣向のBGM選曲は、他にもいくつか存在する。
  例えば『瑞本つかさ先生の【エッチ】を覚える大人の性教育レッスン!!』(SQUEEZ、2006年)では、タイトルにもなっている「瑞本つかさ」との初体験シーンが、このアプローチを採っている。行為に入る直前まで流れていた穏やかにくつろいだ雰囲気の日常BGM(曲名は「しっとりまったり」)をそのまま維持しつつ交情描写は始まる。行為が互いの信頼感と幸福感に満ちてリラックスしきった精神状態で行われていることをテキスト上でも明示しつつ、それと正確に対応するように選択されたBGMはそのやさしいシーンを演出する。『すてぃーるMyはぁと』(ぱれっと、2010年)にも、ソフトで親密な交わりの様子を音響表現が造形していたシーンがあった。これら以外にもいくつかあったような憶えがあり、実際には『ラムネ』だけが突飛な(特別に異例の)演出をしているというわけではない。

  『若妻万華鏡 完全版』YELLOW PIG、2007年)も、BGMを排したSE主体の音響表現を行っていたらしい。いずれプレイして確認したい。『蠅声の王』Lost Script、2006年)も、メロディー要素が極端に希薄なアンビエント的BGMを多用しつつ、同時にヴォーカルBGMも使用するという風変わりな音響表現に取り組んでいる。

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