2011年10月1日土曜日

演出論的覚書:Ⅳ章4節4款-α:選択肢

  (4)選択肢とフラグに関して

  (α)選択肢は、AVGの特徴的なメカニズムであり、そしてAVGにおける進行分岐の代表的な契機である(註30)

  選択肢場面における演出の代表例が、時間制限付き選択肢(時限選択肢)である。『学園ソドム』PIL、1995年)が最も早期の使用例とされるが、近年でもHOOK『Orange Pocket』[2003年]以来の「RTC(リアルタイムクリック)」システム)を初めとして、『DEEP VOICE』『姉、ちゃんとしようよっ!』シリーズ、『かみさまの宿っ!』White Cyc、2006年)、『姦染』シリーズ(2007年の第2作以降)、『蒼海の皇女たち』等に見られる。

  選択肢がすべて同一文言であって選択の意味が無いものがある。選択の余地が無いことを逆説的に表現するレトリカルな演出である。『恋姫』シルキーズ、1995年/elf、1999年)、『こみっくパーティー』Leaf、1999年)、『パンドラの夢』『さよならを教えて』CRAFTWORK、2001年)、『もしも明日が晴れならば』『えむぴぃ』等の実例がある。『雪影』『さかしきひとにみるこころ』light、2008年)の一択選択肢も、同じ趣旨であろう。

  特徴的な選択肢演出のいくつかの例。『です☆めた』Sincere、2004年)には大量の即死選択肢がある。主人公が虚弱な吸血鬼であるため、銀製品に触れたり日光を浴びたりする行動を選択すると主人公が即死してゲームオーバーになるというものである。『ブラウン通り三番目』の冒頭にも、ユーモラスな即死選択肢がある。即死選択肢とは逆に、どれを選んでもシナリオ分岐には一切影響しない純然たる遊戯的選択肢が現れるのも、現代AVGの常態である。『ガッデーム&ジュテーム』circus、2004年)は、選択肢がすべて「ガッデーム」か「ジュテーム」の二択である。選択肢システムを逆用した演出の例として、『白詰草話』には、プレイヤー(主人公)ではなく他の登場人物が選択肢を選択してみせる演出がある(「STRAY SHEEP PROGRAM」)。『六ツ星きらり』千世、2004年)にも同種の演出がある。

  そもそも、選択肢(コマンド選択)等によって複数の分岐展開が発生し、そしてそれゆえ複数の結末が存在するといういわゆる「マルチシナリオ」構造は、AVGに(あるいはゲームに)特有のものである。「選ばれなかったヒロインの運命」に思いを馳せるのは、小説読解に関しては噴飯ものの発想であるとしても、AVG受容においては必ずしも排除されねばならないものではない。実際にも、この事情を考慮していると思われる作品は多数存在する。とりわけ「大団円(グランドフィナーレ)エンド」や「ハーレムエンド」はこの棘を解消することができる。また、それら複数の展開及び結末の間に構造上乃至内容上の内的関連を与えようとする動きの一つとして、例えば前述のループもの作品がある。複数主人公型構成(群像劇型ルート分岐やオムニバス形式)も、ルート間の内容的衝突を回避する方法の一つである。例えば章構成型の『水夏』[circus、2001年]、あるいは複数主人公型分岐の『フォークソング』など。近年ではとりわけ柊★たくみの企画するRusK作品。

註30) 選択肢に関わる演出全般については、ErogameScapePOV「選択肢が印象的」に多数の実例が挙げられている。


  【追記コメント】

『もしも明日が晴れならば』 (c)2006 ぱれっと

  同一文言選択肢の典型例。プレイヤーに選択機会を与えていながら実質的には「まずいとしか言いようの無い料理だった」ということをプレイヤーに報せる作用を果たしている。
  このように、同一文言選択肢は、プレイヤーに笑いをもたらす演出として用いられることが多い。

『えむぴぃ』 (c)2007 ぱれっと

  この画像の人物は「藤々木美優」(ととき・みう)という。完全な同一文言並列ではないが、事実上唯一の選択候補のみを突きつけていることに変わりはない。むしろ、内容の同一性を維持しながら選択肢文言をあえて違えてみせている点で、さらに一味加えてみせた技巧的演出だと評価することもできるだろう。

『雪影』 (c)2006 Silver Bullet

  ここでもプレイヤーには選択の余地が無い。ただし、これは初期状態(初回プレイ時)のものであって、グローバルフラグの状態によっては、ここに新たな選択候補が現れてくることもある。

『六ツ星きらり』 (c)2004 千世

  ヒロインが二者択一から一方を選び取るこの箇所は、プレイヤーが介入することはできず、オート進行で選択肢決定が処理される。文字が反転表示されていることも、これがプレイヤーにとっての選択肢ではなくヒロインの側にとっての選択肢であることを明瞭に示している。



リンク:HOOKの『Like Life』システム紹介ページ。「リアルタイムクリック」システムが紹介されている(※要Flash Player)。

  どちらかといえば「選択肢」よりも「フラグ」の方が広い概念だと言えるので、「より大きなもの、より一般的なものを先に述べる」という原則に照らしていえばこの論述の順序は適切ではない。ここでは実際には、完全な上下関係(絶対的な包摂関係)ではないのと、ゲーマーの経験的なわかりやすさを意図したのとで、このような順番で説明している。

  同一文言選択肢及び一択選択肢の実例紹介及びその効果の分析を行っているものとして、ウェブサイト「るうく うぇぶ」内のelf作品に関する浩瀚な論考集の一節「選択肢論」がある。このサイトでは、同一文言選択肢並列の例として『臭作』が挙げられており、また一択選択肢の実例として『愛姉妹』シルキーズ、1994年)及び『flutter of birds II』シルキーズ、2002年)が挙げられている(――同サイトの「エッチシーン総論」ページも参照)。近年の作品に関しては、ブログ「udkの雑記帳」の記事「たったひとつしかない選択肢をあえて選ばせる『単独選択肢演出』」がある(――「単独選択肢」と呼称しているが、一択選択肢と同一のことを指している)。プレイヤーに選択のストレスを課すことなく、その身体的反応をも媒介しつつ特徴的な演出効果を発揮するものだという指摘は大いに首肯できる。

  ちなみに、私が本文で挙げた『雪影』の一択選択肢は、そう解釈するにはいくぶん曖昧な点を残しており、その点では上記記事群の『愛姉妹』『Hyper→Highspeed→Genius』(ういんどみる、2011年)の方がいっそう明快かつ純粋な「一択」形式になっていると思われる。『雪影』にいくつか現れる一択場面は、周回プレイを経てその場面に再び戻ってくるとそれ以外の選択肢も現れるようになり、つまり通常の複数選択肢場面になっていく(――つまりこれはAVGの進行制御においてごく一般的なブロックと、本質的に同じものである)。そして、記憶のかぎりでは、最終的には一択場面は一つも残らず全てが複数選択肢状況になっていた筈だ。それゆえ、『雪影』の一択選択肢状況は、全体として見ればあくまで暫定的な一択状況であるに過ぎない。しかし、通常のAVG作品であれば、そもそも暫定的一択選択肢のごときものを提示することをせず、プレイヤーに対してはそこに潜在的な分岐点が存在したことを認識すらさせないままゲーム進行させていくのが通例である。その意味で、明示的に一択選択肢を表示させた『雪影』に「他の選択の余地の無い状況であることを示す」という演出を見出すことは適切だと考える。
  そもそも、上記ブログでも指摘されているように、「選択」行為以外の作用のためにも選択肢選択場面は用いられ得る。画面上のあるエリアをクリックさせることによりその身体的インタラクティヴィティの介在をもって進行感覚や速度感を表すことは、通常「選択肢」として認識されているメカニズムの可能的作用の一つである。典型的な例として、『復讐の女神』においても、その推理AVGの複雑多様な進行システムの一つとして累積質問の最初の段階として一択選択肢場面が出現する場面がある。本文でも言及したとおり、ぱれっとは以前から選択肢の様々な表現作用について意識的な設計を度々行っている。

  実例としては一択選択肢演出よりも同一文言選択肢並列演出の方が多いように見受けられる。一択の息苦しさよりも、同一フレーズが画面内に並ぶという視覚上の奇妙な華やかさとその――"一応は"選択の余地が存在しているという――開放的な遊戯的性格が好まれているからであろうか。……とはいえ、同一文言タイプも、二択や三択ではなく五択以上に増えてくると、「プレイヤーが採用しうる選択の候補」としてのニュアンスを完全に剥奪されて「同一の強圧的な要求によって包囲されている」という印象を与えることになる。上記記事で引用されている『素晴らしき日々』(ケロQ、2010年)の例はその最も徹底的な形態を示している――とはいえこれは明らかにやりすぎであってかえってその効果を弱めている、あるいは見えにくくしてしまっているようにも見える――が、これ以外の作品でも同一文言選択肢は4つ、5つの選択肢群をもってプレイヤーに詰め寄ってくることがある。

  なお、一択選択肢は、外形的に見れば、「画面特定箇所をクリックすることによる、通常のクリック進行型のページ送りの延長」だと捉える余地もある。また、SLG+AVG作品のように多層的かつ複雑な展開を可能にしておりその都度の時点で個々のフラグの状態によって選択肢候補が増減する(フラグが要件を満たしている場合にはそれに対応する選択候補が現れ、満たしていない場合には選択候補が現れない)場合には、選択可能な候補が1個になってしまうことも間々ある。実際に、そのような現象が発生するSLG作品も、AVG作品も、存在する。選択肢演出は、様々な途に通じている興味深い現象だと思う。

  類例として、『WHITE ALBUM2 -closing chapter-』(Leaf、2011年)には、ダミー選択肢があったらしい。つまり、画面上には2つの選択肢候補が現れるが、そのうち一方は見えているにもかかわらず実際には選択することができず、結果的にプレイヤーはもう一方の選択肢を選ぶしかできない、というものらしい。進行制御形態としては一択選択肢と同じものだが、代替的可能性が(少なくともプレイヤーには)認識可能であるにもかかわらずその現実的可能性が閉ざされているというのは、一択選択肢よりも手の込んだ――あるいは、いっそういやらしい――選択肢利用と言えるだろう。もっとも、ダミー選択肢の用例はこれが初めてというわけではない。とりわけ、いくつものタイトルの体験版において、(容量を切り詰めるため、あるいは事前情報としてユーザーに提供しておきたいシーンの優先順位の考慮から)体験版仕様として特定の選択肢がダミー化されている。

  複数の可能的状況分岐があらかじめあからさまに保存されており個々のプレイヤーのその都度のプレイの中でそれらが選択されていくというマルチシナリオAVGの特殊性と、そこからユーザーたちによって提起された「選ばれなかったヒロイン」(というフレーズでしばしば象徴的に言及される事態)に対する関心は、他のメディアの一般的な物語受容/読解とは異なる「ゲーム」特有の性質として非常に貴重かつ興味深い論点であり得、そしてそれゆえ以前のヴァージョンではもう少し詳しく言及していたが、現在では考えを改めて記述を縮小した。一方では、結局のところその論点はその理論的潜在能力を十分に開拓せぬまま終わったように見受けられたからであり、また他方で、作品の中に存在する描写の事実的部分の扱いと受け手側が拡張しようとする想像的部分の扱いに関してその指摘が孕んでいた矛盾――あるいは少なくとも恣意性――が解決されぬまま無自覚に看過されていると判断したからである。『オルタ』が露悪的に提示してみせた解決(あるいはアポリア)は、いまだ乗り越えられていないように思われる。

  『学☆王』(Lump of Sugar、2012年)には、ルーレット選択肢システムがあるらしい(――雑誌攻略記事によれば、完全な運任せのランダムではなく、ある程度の目押しが利くらしい)。時限選択肢とはまた異なったかたちで、選択肢をゲーム(遊戯)にするメカニズムと言えるだろう。


  面白選択肢いろいろ。ここまでは即死選択肢、時限選択肢、一択選択肢(同一文言選択肢を含む)、第三者による選択(PC以外のキャラクターによる[PLには介入できない]選択-決定表現)、選択機会不存在(完全な一本道進行、あるいは周回フラグや選択肢以外の進行制御システムによって進行が変化する場合)や選択機会極小(作中に選択機会が一回あるいはほんの数回しか無い)、ランダム性を伴う選択肢(選択過程がルーレット化されている場合や、選択の結果としてのフラグ変動が一意的でない場合など)を挙げたが、その他にも:
●三人称選択肢、あるいは第三者の言動を規定する選択肢:『めぐり、ひとひら。』は本文は男性主人公の一人称だが、選択肢文言はしばしば次に生じる状況を客観的に指定するものになっている。公式サイト(※アダルトゲームサイト注意)では、「本作品における選択肢は、すべて“次の文章”を選ぶという 『文章選択型』になっています。主人公の行動選択型ではなく、次の展開をひもといていくような感じで選択されていく物語──(中略)物語を創り上げるのは、貴方です」と説明されている。ここでは、選択肢決定の行為主体となっているのはこのゲームを遂行しているプレイヤー自身であって、作中世界の特定の登場人物の意志決定行為(の、プレイヤー自身による憑依的遂行)として理解することは不可能である。
●受動態選択肢:『淫妖蟲』には、「中に出される/外に出される」という奇妙な選択肢がある。上記の客観的選択肢と相通じるところもある。しかしながら、この作品の他の場面の選択肢は、作中登場人物(とりわけ主人公)の意志決定と見做されるような形で提示されている。双方の間の不整合(のように見える関係)は、どのようにして調停されるべきなのか。様式破綻と見做すのは、単純化し過ぎた結論だろう。PCゲーム表現の多元性の一例として興味深い。
●組み合わせ選択肢:『MERI+DIA』。「誰が/何を/どうした」カード遊びのようなもので、その組み合わせに応じてフラグが複雑に変動し、物語をダイナミックに転轍する。システム紹介及び画面サンプルは公式サイト(※アダルトゲームサイト注意)を参照。
●「五行なずなさんっぽい声/北都南さんっぽい声/松田理沙さんっぽい声」:『アッチむいて恋』。選択肢文言が(事実上)出演声優に言及している、一種の楽屋オチ。もちろん進行フラグの上でも担当キャラクターに対応した影響を生じる選択肢である。
●過去を規定する選択肢:『神樹の館』の冒頭には、主人公がこの場所に来ることになった動機を選択する場面がある(――選択肢候補の要旨は「夢に見たから/頼まれて/卒論のため」といったもの)。この選択肢は「過去を」、「しかも物語の初発的基盤を」、「(半ば)客観的に」規定することになる。一見すると特異な例だが、概念上は先行事例を含めて類例は多数存在すると考えられる。
●大量並列選択肢:『素晴らしき日々』。同一文言選択肢でもある。フラグ制御という機能上の要請によるものではなく、選択文言が画面全体を覆い尽くすという視覚演出上の効果のための選択肢造形と考えられる。
●選択すると好感度の上下が表示される選択肢:『えむぴぃ』(SD画像とハートマークがSEとともに表示される)ほか。実用的かつ教育的な、有益な仕組みだと思うのだが、これを実行しているタイトルは非常に少ない。『とらいあんぐるハート』とかもこうだっけ? 『星空のメモリア』では、再プレイ時の選択肢場面で、これまでにエンディングを迎えたことのあるヒロインの好感度の上昇が判別できるようになっている(好感度の上昇する選択項目の横に、そのキャラクターのSD画像が表示される)。

  一応、細かなフラグ制御システムのレベルには関わらない例のみに限定した(――たしか『えむぴぃ』には、「好感度+10000」というジョーク的フラグ変動の例もあった。HOOKSOFT作品の「オンリーワンモード」のような、システムが選択肢を無効化する例もある。[事実上全ての/一部の特定の]フラグを外在的にコントロールできるシステムを備えている作品も存在する)。『痕』(当雑記8/6付)のような隠微な選択肢設計も、挙げればきりが無いだろう。もちろんSLG作品の選択肢はしばしば、単純なフローチャート的分岐管理を超える複雑なフラグ操作に関わることになるし、また、選択肢以外のAVG進行制御システムも無数に存在するということも、すでに別のところで述べたとおりである。

『めぐり、ひとひら。』 (c)2003 キャラメルBOX

左記引用画像において、選択肢文言上で指示されている「由」(結乃由姫命)は、主人公ではなく、画面上に浮遊している他者(主人公以外の登場人物)である。通常テキストは主人公(「僕」:名前変更可能)による一人称叙述であるだけに、この選択肢文言との間のギャップは特異な印象を与えるものとなる。賛否はあるだろうが。

『えむぴぃ』 (c)2007 ぱれっと

ある選択肢を決定した直後の画面(――選択肢はすでに消去されている)。画面左脇に表示されているのは、好感度変化を示すサインであり、そのSD画像のキャラクターがこの場に居合わせているわけではない。本作では、好感度変動が生じるその都度、このような画面演出が挿入されるが、それはけっして左記テキストのような楽屋オチのためだけではないだろう。

『星空のメモリア』 (c)2009 CROSSNET / FAVORITE

校門前の所持品検査シーン。いわゆる「攻略済み」ヒロインに関しては、好感度変化が生じる場面で、選択肢でSD画像が表示されるようになる。プレイヤーへのヒントというよりも、あくまで再読を快適ならしめるための配慮と思われる。


このブログではアダルト画像を自制しているので、さすがに『淫妖蟲』のSSを引用することはできなかった(――と言いつつ、別の場所ではこっそり小水一枚絵を引用していたりするが。あれは猥褻な趣旨のシーンではないからOKだと思う!)。これまでこの分野のPCゲームで一番悩まされた選択肢は、「志津香/ナギ」かなあ。ANOS(Advanced Novel Operation System)のシステムもユニークなものだった筈だが、どんなのだったか、もうすっかり忘れてしまった。古い例でいえば、選択肢それ自体or選択肢内容が不可視にされている――つまりPLには判読することができない――選択肢も面白いものだった(例:『DQ2』の「牢屋の鍵」購入など)。

  『腐り姫』にも一択選択肢場面があった。フラグ次第で変動する選択肢がたまたま一個になることがあるという古典的なものではなく、演出としての一択選択肢だったと思う。

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