2012年3月26日月曜日

フェイスウィンドウの機能についての覚書(実例検討)

  小論「フェイスウィンドウの機能についての覚書」の補足(その1)。
  続きは「実例検討(続)」ページにて。


  【 1.立ち絵と顔窓の関係について 】

『秋色謳華』 (c)2005 Purple software

  『秋色恋華』は4:3画面であったが、そのFDである本作はワイド画面を採用し、それに伴って顔窓が新たに付与された。感情表現エフェクト(怒りマーク)が顔窓上でも再現されている。ここでは顔窓付与は、可読性促進のためではなく、画面レイアウト上の考慮から行われているように見受けられる。

『THE GOD OF DEATH』 (c)2005 Studio mebius

  立ち絵の差分変化と科白顔窓の差分変化を完全に一致させているスタイルの一例。画像のサイズこそ異なるもの、万歳ポーズ、お辞儀ポーズ、敬礼ポーズに至るまでの様々な振り付けが顔窓上でも再現(反復)されている。ここでは顔窓は、もはや単純な記号的「アイコン」とは呼べないほどの具体性を備えた表現になっている。

『手毬花』 (c)2011 TOPCAT

  この作品では、発話者のデフォルメ全身画像をテキストの脇に表示している。このデフォルメ画像は、様々な運動(まばたき、嘆息モーションなど)やエフェクト(キラキラ、発汗など)を多彩に示す。中央画面をゆったりと占める立ち絵にもいくつもの差分パターンがあるが、それ以上にこの顔窓部分の動きがプレイヤーの目を楽しませてくれる。


『空帝戦騎』 (c)2004 Eushully

  SLG作品におけるフェイスチップ利用の一例。1)発話者の立ち絵のみをくっきりと表示し、それ以外の登場人物は立ち絵の明度を落として区別する、2)表情変化は顔窓欄に担わせる、3)顔窓画像には目パチ口パクアニメーションを施す、4)SLGパートでは画面上下にメッセージウィンドウを多重表示する、という工夫が見られる。機能的に整理されたキャラクター視覚表現の一形態である。


  【 2.顔窓表現の様々な現れ―― 一枚絵、バックログ、フキダシ 】

『バイナリィ・ポット』 (c)2002 AUGUST

  フライパンの金音で主人公を起床させる場面。一枚絵シーンでは、一枚絵それ自体を差分変化させていく代わりに、一枚絵上では理想的な像を提示しつつ顔窓上で融通無碍に表情変化を表現するというスタイルも一つの有効な見せ方である。ただし、顔窓のぶんだけ一枚絵が遮蔽される虞もある。

『蒼海のヴァルキュリア』 (c)2009 anastasia

  一枚絵で描かれているキャラクターの他に、その場にキャラクターを登場(追加表示)させようとする場合にも、顔窓が用いられる。一枚絵の中での差分切り替えによって登場人物の出入りが表現される場合もあるが、このように顔窓を用いる方が構図の自由度は高まる。
『蒼海の皇女たち』 (c)2008 anastasia

  通常画面では顔窓を使わないがバックログ上では個々の科白に話者アイコンを添えるという作品もある。バックログアイコンは、表情変化しないのが通例である。なお、左記引用画像のように、バックログには主人公の顔面画像が現れる場合がある(――ここでは、3段目の「アアル」が男性主人公である)。

『幼なじみとの暮らし方』 (c)2006 ハイクオソフト

  フキダシ型テキスト表示を行うスタイルでは、基本的には発話者を文字表示または顔窓表示することは無い、あるいは必要が無い(――フキダシ位置によって話者が識別できるため、また漫画風のイメージを志向するため)。ただし、本作はフキダシ型テキスト+顔窓追従+顔窓表情変化を行うという非常に珍しい画面構築を試みている。

  【 3.顔窓表示の積極的意義――主人公造形との関係において 】

『ひめしょ!』 (c)2005 XANADU

  女装主人公、女性主人公、ショタ主人公の作品においては、主人公自身の魅力が作品コンセプトに深く関わっている。主人公は立ち絵表示されないというのが男性向けアダルトAVGの一般的な共通了解であるが、顔窓表示ならばそれを破ることができる。/本作の主人公ヤガミコハルは、副題のとおり「ショタ」に分類される。彼の台詞がヴォイス表現(CV:西田こむぎ)も伴われていることからもその重要性は窺われる。
『ねがぽじ』 (c)2001 Active

  主人公が立ち絵表示される場合もある。例えば、冒頭部分の主人公紹介場面、主人公が特殊な衣装に着替えた場面、主人公のモノローグ場面など。『ねがぽじ』の広場まひるは、女装主人公の早期の見本であり、その作中の境遇の困難さにもかかわらず、しばしばその全身を(プレイヤーの前に)敢然と晒す。/本作の立ち絵は差分に乏しいが、代わりに顔窓が様々な表情を見せる。
『オト☆プリ』 (c)2008 しゃくなげ

  本作においては、女装主人公大山瑠偉(CV: みる)の存在感が可能なかぎりの手段を尽くして強調されている。本作の顔窓欄は、この主人公のためだけに誂えられたものであり、彼はこの表示枠上で喜怒哀楽の様々な表情を露わにする(――ただし、主人公が一枚絵や立ち絵で表示されている間は、顔窓は使用されない)。

『彼女たちの流儀』 (c)2006 130cm

  本作の主人公兎月胡太郎(原画: みやま零/CV: 奥川久美子)は中性的な美少年キャラクターであり、左記画像のとおり彼自身のモノローグ部分ですら顔窓表示されてその魅力を遺憾なく発揮する。


  【 4.顔窓表現の様々な応用Ⅰ――カットイン演出への接近 】

『Quartett!』 (c)2004 Littlewitch

  左記引用画像においては、顔窓表示が「言及対象となっている人物の像」を表すために用いられている。顔窓表現は、当人の個々の科白と連動しなければならないというわけではない。ここでは顔窓は、この場にいないキャラクターへの言及(指示)を視覚的に補強しつつ新たなイメージを追加し際立たせる作用を果たしている。

『初恋サクラメント』 (c)2010 Purple software

  画面外からの呼びかけに際して、フキダシ型の顔窓とともにその人物の台詞が表示される。この場にいないキャラクターは、立ち絵では表示されず、顔窓のみによってその存在が示唆される。応用的に発達した顔窓表現は、その文法的作用において、カットイン表現とほとんど区別できない。

『蒼海の皇女たち』 (c)2008 anastasia

  通信による連絡の台詞も、この場にいない(あるいは主人公視界外にいる)不在者であるという意味において、上記の例と同様の仕方で表現されうる。本作ではカットイン画像を挿入するかたちで発話者が表示され、同シリーズ続編(下記の例)では汎用的な顔窓画像によって処理されているが、意味するところは変わらない。


『蒼海のヴァルキュリア』 (c)2009 anastasia

  潜水艦内を主要な舞台とするこのシリーズでは、カットインやムービーが頻繁に挿入されて、その都度の状況を緻密に描写していく。

『翠の海』 (c)2011 Cabbit

  本作では、通常は発話者欄は使用されないが、画面外にいる人物の台詞では発話者欄に画像表示される。これによって、一枚絵に描かれていないキャラクターの台詞や、戸外からの呼びかけなどを適切に表現できる。ここでは発話者欄がカットイン相当の機能をも担っている。


  【 5.顔窓表現の様々な応用Ⅱ――アイコンとしての顔窓利用など 】

『らぶkiss!アンカー』 (c)2007 ミルククラウン

(上図・中図・下図)本作では、発話者表示のための顔窓は使用されないが、立ち絵代替表示としての顔窓(フェイスアイコン)が多用されている。上図では、何人かのキャラクターが顔窓表示で済まされることによって、画面の狭隘さが解決されている。また、画面中央にいる怪生物も、顔窓(カットイン)型で表示されることによって画面内に収納されている。

(中図:)このスクリーンショットでは、床を転げ回るキャラクターの姿を視覚的に表現するために、顔窓を回転移動させるという手法を採っている。このようなアイコンアクション演出は、古くは『行殺☆新選組』(Liar-soft、2000年)に見られ、そしてすたじお緑茶が精力的に開拓してきたアプローチであるが、顔窓アイコンという形態の抽象性、そのコミカルな雰囲気、そしてサイズの小ささと形状の安定性が活用されている。


(下図:)ここでは、フェイスアイコンが用いられることによって、このキャラクターが1)顔だけを覗かせていること(局部的強調)、2)主人公からは見えにくい遠距離にいること(立ち絵縮小表示の代替)、3)主人公の認識との関係ではあくまで逸脱的な登場者であること(非正規性)、などが複合的に表現されている。


『片恋いの月 えくすとら』 (c)2008 すたじお緑茶

  注意深くも意欲的なスクリプトワークは、顔窓の表示レイアウトにも創意を発揮する。ここでは、登場人物たちが集合していることを示すために、顔窓が円陣型に配置されている。(※左図はメッセージウィンドウを一次消去した状態)
『恋色空模様』 (c)2010 すたじお緑茶

(上図:)教室内で各キャラクターが着席している様子。文字通り立ち姿になっている立ち絵を並べるのでは、「着席」表現に困難が生じる。顔窓で表示することによって、そのアイコンとしての抽象性を手掛かりにして、読者はその状況を説得されるようになる。俯瞰背景に顔窓を置く場合も同様である。
(下図:)一枚絵の中に顔窓が浮かび上がっている例。ここで描かれているキャラクターは顔を背けたポーズをとっているが、顔窓追加によってその隠された表情が露わにされ、明確化され、強調されている。このように、顔窓を追加表示することによって、複数の角度を同時に見せるという作用を果たすこともできる。


  【 6.顔窓表現の様々な応用Ⅲ――立ち絵と顔窓との間の文法化された使い分け 】

『巫女さん細腕繁盛記』 (c)2004 すたじお緑茶

  登場機会の少ないキャラクターや物語全体の中で重要度の低いキャラクターについては、全身立ち絵ではなく顔窓(フェイスチップ)のみで済ませることによって制作コストを削減することができる。

『暁のアマネカと蒼い巨神』 (c)2008 工画堂

  画面中央に立ち絵表示されるキャラクターは、その場面の最重要キャラクターであるというのが、AVG表現空間に関する一般的認識である。他方で、その場面における重要度の低いキャラクターは、(先述のとおり)顔窓表示に甘んじることによって自身の立場の控えめさを示している。こうして立ち絵表示キャラクターと顔窓表示キャラクターとの間には主/従(主役/脇役)の文法的区別が成立する。

『恋色空模様』 (c)2010 すたじお緑茶

  上記のように立ち絵/顔窓の使い分けを各キャラクターの「重みづけ」として把握し遂行することによって、AVGの表現空間はよりいっそうの自由度を、より多くの表現手段を、そしてよりいっそうの緻密さを、獲得するに至った。左図では、立ち絵のサイズ、向き、顔窓、表情のそれぞれが様々な意味を担い表している。
『ましろ色シンフォニー』 (c)2009 ぱれっと

(上図・下図)本作は、立ち絵と顔窓カットインによる複雑な文法的画面構築を、徹底的なものにしている。立ち絵は正面角度だけでなく側面ポーズや背面ポーズも用意され、それらが多段階に拡大縮小されつつ背景画像の中に嵌め込まれ、さらにその上を様々な形の顔窓カットインが行き来する。
(下図:)顔窓演出の大胆な実践。この画面の構成感及び演出センスは、漫画やアニメにおけるそれを参照すればかなりオールドファッションなものであることが判るが、しかしこれをAVGの枠内で実行することには今なお十分な新鮮味がある。


  立ち絵とカットインの高度な組み立ての優れた実例として、演出論Ⅲ章2節3款の『あまつみそらに!』も参照されたし。

  →続きは「実例検討(続)」ページにて。

4 件のコメント:

  1. .   
     ひとつ質問です。どういうものがフェイスウィンドウに該当するのか、何か規定のようなものはあるのでしょうか?
     と言いますのも、この実例検証であれもフェイスウィンドウこれもフェイスウィンドウと紹介されていて、いくつか首をひねるものがありまして……。特に定義が無いなら無いで構いません。 参考までにご教示いただけたらと思います。

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  2. 「フェイスウィンドウ」について、私はここではその対象範囲をそれほど厳格には捉えておりませんし、「フェイスウィンドウ」とはほとんど呼べない境界事例も取り上げています。
     まず対象の外延を捉えるためにごく一般的な要件定義を試みるなら、「(1)矩形(あるいはそれに相当する形状)に切り出された、(2)基本的に人物の顔面部分を描いている、(3)それぞれ特定の人物を指示するためにおおむね汎用的に使用される、(4)サイズの小さな画像素材」を指すことになるかと思います。
     ただし、『手毬花』のSD全身画像はどうなの?とか、『群青』の視点表示画像はどうなの?といったように、判断の難しいケースが無数に存在しますので、ここで絶対的な(つまり例外を許さない包括的な)定義をすることは困難だと思います。人為による創作物の中に見出される定性的要素は、自然科学におけるような法則的存在ではなく、また形式的定義から演繹することにも意義は乏しいからです。上記4要件のそれぞれを見ても、(1)に対しては多角形のフキダシ型フェイスウィンドウがありますし、(2)に対しては例えば人物の手許の動きのみを映すカットインもあり、(3)に対してはLittlewitch/project-μ/minori型の専用素材の例があり、(4)についても比較的大柄なサイズの画像(例えば「連想」を示すオーバーラップ画像)が使われる場合もあります。
     ここでは、コア部分としては上記のような4要件を想定しつつ、応用的使用法の広がりを展望するために、一般的な「(全身またはバストアップの)立ち絵」以外の、特別に切り出された人物画像全般を扱っています。ご覧のように、上記引用の『Quartett!』の人物画像の例や『恋色』の「つるぺたーん」画像の例は、一般的な意味での「フェイスウィンドウ」の理解からはかなり離れた境界事例と見做されることでしょう。『ましろ色』のカットインも――その画像形状のゆえにではなくその使用法のゆえに――フェイスウィンドウとして捉えるのはかなり微妙なところです。しかし、フェイスウィンドウの発展系として、ここでは言及しています(――つまり、udkさんご自身の関心に照らしていえば、別カテゴリーとして無視してよいであろうものも、いくつか含まれています)。
     なお、狭義の用法を想定するなら、「フェイスウィンドウ」という言葉を「話者表示アイコン」の意味に限定して使う場合も多いようです。また、「フェイスチップ」という場合は、画像「素材」の次元での呼称になると思います(――私もそういう趣旨で使っています)。「カットイン」というと、フェイスウィンドウか否かを問わず、「特殊な挿入画像」という画像の「使用形態」の次元での言葉になります。

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  3. .
     このページでは画像上の様式でフェイスウィンドウの分類の指針を立てていたんですね。それなら納得です。「フェイスウィンドウの機能についての覚書」で機能面を検討していたので、そちらである程度指針を立てているものかと思っていました。
     このページは広義の意味でのフェイスウィンドウの事例があげられているので、資料としての価値はとても大きいと思います。

     私の方はフェイスウィンドウを機能/様式的に考えているので応用事例のいくつかが引っかかった次第です。

     突然の質問に丁寧に答えてくださりありがとうございました。

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  4. こちらこそ、論述の不明瞭な点を的確にご指摘いただき、たいへん勉強になりました。最初にテキストオンリーで自分なりの展望を書いてみたもの(本文)と、それを「追試」するために手許のSSから帰納的に分類してみたこの実例検討とでは、予想外にギャップが現れてしまっていて、反省させられるところがあります。

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