FAVORITEの特徴的なスクリプトワークについては、先に演出論的覚書:Ⅲ章2節2款で簡単な紹介を試みた。私見では、その最大の特質は、人物立ち絵に具体的な振り付けをさせるよりもむしろ、画面全体の動きの中で登場人物たちをその都度「位置」づけていく空間表現にこそ存する。このFAVORITE流のきびきびとした立ち絵登/退場表現の心地良さとフォーカシング演出の縦横無尽のダイナミズムの併用表現は、立ち絵シーンでも一枚絵シーンでも画面に生き生きとした活力をもたらしている。ただしその二つは単体としての名技披露に留まるものではなく、このブランドの特徴的な画面作りの意識的な設計全体の一部分として把握されるべきであろう。
画像それ自体について見ても、一方で立ち絵は、司田カズヒロのクリアな描線、アニメ塗りに傾斜した着彩、そしてパステルカラーを大胆に配した色彩設計の組み合わせが立ち絵全体の像をくっきりと見せており、また他方で背景画像は、実在風景から取材した緻密な造形――直近三作『はっぴぃ☆マーガレット!』『星空のメモリア』『いろとりどりのセカイ』はいずれも背景画像のいくつかについてロケ地が判明している――を基礎としつつ、屋内場面では小道具と大道具それぞれのざらついた質感(素材感)を豊かに強調し、屋外場面では強烈な太陽光を意識させる――そして実写写真の(露出オーバーの)手触りを連想させる――ような単純化されたコントラストを各所に導入しつつ空気遠近法的な色彩コントロールを行っており、さらにこれがエンジン制御によってボケ演出を加えられる。これらの組み立てによってFAVORITE作品の画面は、懐の深さと強靱な存在感を兼ね備えた背景(=舞台)の上に、鮮やかな彩りと躍動的なポージングの人物立ち絵がくっきりと浮き上がって立ち現れてくるものとなる。
そしてそのうえで、先述した「複数の立ち絵のめまぐるしい登場/退場の運動」と「画面全体でのカメラワーク的運動」の二つの制御原理がここに加えられる。賑やかな多人数会話の台詞の受け渡しに即応してヒロインたちの立ち絵画像がその都度ぴょこぴょこと現れては退がっていく様子は、演劇における舞台空間の活用に近似したものとして感得される――「その動きが舞台芸術そのものだ」というわけではないが――し、また、それらの運動のつらなりに粘り強く追従し続けるカメラワーク的空間表現――すなわち背景画像と併せたフォーカス移動、スクロール、ズーミング処理――は、いわば映像(動画)作品における長回しに匹敵するような緊張感と迫真性を提供する。さらに、継続出力される環境効果音(セミの鳴き声や鳥のさえずりなど)も、この迫真性を盛り立てている。
このようにして、実写感覚(映像/写真)から摂取した質感と奥行きと、2D-CGワークスが生み出した明朗さと明瞭さを、AVGの「立ち絵/背景」システムの中で統合しているのがこのブランドのグラフィックデザインである。
さらに、この設計は物語要素とも的確に連動させられている。北欧神話由来の神秘性をにじませつつ魔法学園ものの開放感を存分に披露した『Wiz anniversary』と、重厚な大理石建造物を舞台にしつつ――上流学園ものは2年前の『処女はお姉さまに恋してる』以来流行になりつつあった――ここのか原画の人懐っこいキャラクターたちが賑やかに画面を出入りする『はっぴぃ☆マーガレット!』においてもそれは明らかであったし、それ以降の作品に関しても公式サイト等から窺われるかぎりの情報を見てもその意識的な選択と設計を疑う余地は無い。ディレクターはいずれも水間ホシひと、グラフィックチーフは氷山あずき。
余談。
ところで、背景の拡縮比率操作と立ち絵配置の(3D的奥行きを)自動計算が実装されていれば、個々のプレイヤーがAVG画面を表示している「カメラ」を自由に動かせるようにならないだろうか。実際には、ズームアウト(縮小)に対応し得るためには、通常の画面サイズよりも周囲に余裕をとった背景画像を用意しつつ、常に全身画像の立ち絵を使用し、さらにエンジンとスクリプトの双方が奥行きを考慮した形で作られていなければならないが。少なくともズームイン(拡大)はすでにFAVORITE自身によって実行されているし、パンニング(左右のスクロール)についても千世作品の「サイティングシステム」――特定の場面で、プレイヤーが選択的に画面を左または右に向けることができる――に実例が見られる。「AVGの画面はカメラである」などと考えているわけではない――記述的にはむしろ基本的にはけっして「カメラではない」と言うべきであろう――し、FPSなどの後追いをしても仕方ないが、まあ、2D-AVGの可能性についてのほんのちょっとした夢想として。
(※ちなみに、実際にはFAVORITE作品では、全身立ち絵を位置指定しているわけではなく、立ち絵画像それ自体は腰部または脚部で切られている。『星空のメモリア』で、立ち絵の足元が「切れて」しまっている箇所がいくつも存在することから判明しているとおりである。)
『Wiz Anniversary』
(c)2006 CROSSNET / FAVORITE
(図1:)背景画像には薄くボカシが掛けられ(ているかのように着彩され)ており、このイベントCGの中心にある人物部分へと自然に注意を集めさせる。そして人物部分の着彩は、グラデーションをほとんど伴わず、そのため光と影のコントラストがいやがうえにも強調される。
※左記引用画像では、テキストボックスは一時消去してある(以下同様)。
(図2:)対面の人物(「アリス」)が主人公に接近してきているため、人物画像は拡大表示され、同時に背景画像にはボカシが掛けられている。
立ち絵のダイナミックな全身運動的ポージングも刺激的である。立ち絵においても一枚絵においても、開放的に振り回される腕部の表現は、健康的によく伸びた脚部の表現とともに、このブランドのキャラクター視覚造形の一翼を担い、そしてこのブランドの作品の風通しの良さを繰り返し印象づけてきた。
(図3:)背景画像の石造りの建物の、とりわけ右側に見える柱の武骨なまでの重々しさと、画面左側へ向けての大胆な遠近法的レイアウトと、にもかかわらず過剰に"前景化"することなく小柄な立ち絵を支えきっている様子とが見て取れる。
『はっぴぃ☆マーガレット!』
(c)2007 CROSSNET / FAVORITE
(図1:)前作の制服は魔法学園ものらしく黒-白-赤の抽象的な配色に設定されていたが、上流学園ものである本作では暖色の中間色(珊瑚色)が基調となっており、また柔らかなグラデーションが施されている。人物頭髪の着彩も、彩度を落としつつ明度は上げ、また光沢表現を控えめにすることによって、シックな落ち着きを漂わせている。
(図2:)重厚感のある背景グラフィックは、明らかに前作の成功を継承している。窓外から射し込む光の正確な表現、ここのか原画のすらりと伸びた等身の高さや繊細な毛先表現、意匠の凝ったテキストボックスなど、見所は多い。
(図3:)イベントCG場面。
画面右上に倍率表示があるのは、テキストボックスを一時消去するとプレイヤーが任意に拡縮することができるため。このブランドのエンジン「FAVORITE VIEW POINT SYSTEM」の特徴の一つである。
図3、図4ともに、室内灯の強い光とその反射が描き込まれている点も興味深い。
(図4:)屋内シーンでも、必要に応じて背景ボカシが掛けられ、あるいは拡大縮小によってフォーカスが指示される。そのような背景画像上の焦点移動とともに、立ち絵画像も素早いスクロール&フェードによって小気味良く画面を出入りしていく。
画面右側の男装キャラクター(「石蕗晶」)が、図1と比較して立ち絵の表示サイズが変化している点にも注目されたし。FAVORITEは、比較的早い時期からこのような画面構築に取り組んできたブランドの一つである。
(図5:)戸外のシーン。立ち絵と背景の間のコントロールされた階層化とそれによる迫真性の表出は、その後の作品においても一貫して行われている。私見では、このブランドの個性は何よりもまず作中世界の「光」に対する注意深さをもって特徴づけられ、そしてこのブランドの視覚表現構築原理はその注意深さに裏打ちされて成立している。
(2012年7月21日:雑記欄にて公開。同日:単独記事化)
別掲記事「FAVORITEブランドのキャラクター着彩について」も参照。
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