Lassが試みたメッセージウィンドウ(テキストボックス)多重表示も、視覚的効果を意識した技術的演出の一例だと言える。その技術それ自体は処女作『青と蒼のしずく』(2003年)がすでに実行していたが、同社第三作『FESTA!!』(2005年)においてさらに華々しく活用されている。擬似フキダシ化した複数のメッセージウィンドウがしばしば幾何学的な配置で多重表示され、そのオレンジ色基調のカラーリングと相俟って、作品全体のポップアートめいた軽妙さの印象を強化している。
描写される状況に応じてメッセージウィンドウの形状や背景色を変化させるものもある。その利用の仕方は様々である: (a)視点人物の切り替え等に対応して、背景色等を機能的に変化させる場合(――とりわけ、主人公の視点を離れるシーンの描写に際して。一例として『ツナガル★バングル』)。(b)個々のシーンの性質に応じてテキスト表示形態や枠デザインを変化させる場合(――例えば回想シーンやアダルトシーンにおいて。例:『Quartett!』)。(c)個々の台詞の内容に合わせてその都度メッセージウィンドウ形状等を変化させる場合(――例えば、台詞テキストとモノローグとでウィンドウ形状を変化させるパターン、あるいは怒声台詞でメッセージウィンドウをギザギザに尖らせる処理など。例:『プリンセスうぃっちぃず』)。メッセージウィンドウ形式と全画面テキスト形式の切り替えも、これと同様の作用を果たすことができる(註11)。
註11) このほか、テキスト表示形態またはテキスト表示位置に特別の技巧を凝らした作品の実例としては、『かぜおと、ちりん』(C's ware、1999年)、『空色の風琴』(THE LOTUS、2004年)、『Like Life』(HOOK、2004年)、『らぐな☆彡サイエンス』(アイル、2006年)、『転娘!?』(OLE、2006年)、『満淫電車2』(BISHOP、2009年)等もある。なかでもALcotは、『Clover Heart's』(2003年)や『幼なじみは大統領』(2009年)において、数種類のテキスト表示位置を使い分ける準固定-半可変のテキスト表示を追求している。また、ハイクオソフトの『よつのは』(2006年)及び『幼なじみとの暮らし方』(2006年)も様々な文字表示形態を試みており、Liar-softの『LOVE&DEAD』(2008年)及び『水スペ 川野口ノブ探検隊』(2009年)も漫画のフキダシを模したメッセージウィンドウ多重表示を行っている。すでに紹介したLittlewitch、pajamas soft、すたじお緑茶も、この観点での優れた成果に数えられる。そのほか、4章4節3款α号も参照。 |
【追記コメント】
『幼なじみは大統領』 (c)2009 ALcot
キャラクター台詞の場合は、発話者の胸のあたりにテキストボックスが表示される。
地の文の場合は、画面下部にテキストボックスが広く取られる一般的な形状になる。イベントCGシーンでも、テキストボックスは下部表示型。
スキップボタンなどの操作ボタンは画面内に表示されないため、開放感がある。
『水スペ』 (c)2009 Liar-soft
テキストボックスが3段表示される。見てのとおり、この作品には人物立ち絵は基本的に存在しない。新たなテキストは、この3段のいずれかのボックスを上書き更新するかたちで表示されていく。台詞のムードに応じてテキストボックスの形状が変化している点にも注目されたい。
なお、イベントCG場面では一般的な画面下部表示スタイルになる。
テキストの表示位置、テキストボックス形状、テキスト書体、そして(この画像からは分からないが)それらが連続表示されていくタイミングに至るまで、緻密にコントロールされている。フキダシ型なので、発話者の識別も容易。
地の文は基本的に存在しないが、アダルトシーンなどで、四角形の半透明テキストボックスを用いて地の文が表示される場合がある。
『恋色空模様』 (c)2010 すたじお緑茶
フキダシ型テキストボックスは、多重表示にも適している。発話者を識別させるために、基本的には発話者の立ち絵の胸部から胴体あたりの位置にテキストボックスが表示され、同時にキャラクター別テキスト色指定も行われている。地の文は、鉤括弧無しで固定位置に表示されるため、台詞と混同されることは無い。
『パティシエなにゃんこ』 (c)2003 pajamas soft
上図は通常時のテキストボックス。作中では主人公が猫の姿に変身してしまうことがあり、その状態では下図のようにテキストボックスが変化する。ボックス右下のスキップボタン等のデザインも猫型デザインに切り替わっている。
この作品では、一画面に複数人の立ち絵を並列表示することは少なく、基本的にその都度の発話者の立ち絵のみが表示されるため、発話者が分からなくなることは無いであろうが、左記引用画像上図のように発話者がテキストとして書き込まれている(――主人公のモノローグでは発話者表示はなされない。下図参照)。
ちなみに、通常時のボタンデザインがひよこ型なのは、作品の舞台となっているケーキ屋が「ひよこ館」という名前であるから。
『FESTA!!』 (c)2005 Lass
多重テキストボックス表現のきらびやかな使用例。このように、多人数の同時発言も自然に表現できるのがメリット。引用された図を見てのとおり、発話者欄が表示されるため、誰の発言であるかの識別も問題無い。
テキストボックスが重なってしまっている箇所も、右クリックで任意のボックスを最前面表示させることができるので、テキストが読めなくなることは無い。
『空帝戦騎』 (c)2004 Eushully
SLG作品では、ゲームデザイン全体及び個々のシステム仕様との兼ね合いの中で、テキスト表示形態も様々なかたちになる。
テキストボックスを複数個表示し続けると、発言の順番(前後)が分かりづらくなる可能性がある(――上記『水スペ』を参照。『Quartett!』はきちんと視線誘導をしている)。本作では、最新でない台詞は明度を落として表示されることにより、発言の順序をプレイヤーが直感的に把握できるようにしている。
『さよならを教えて』 (c)2001 CRAFTWORK
基本的には全画面テキスト表示形式である。しかし、主人公が錯乱したこのシーンでは、この医師の声が二重に聞こえている。立ち絵も二重に表示され、テキストも技巧的に左右二列表示される。次第に全裸立ち絵の方が前面に出てくるようになり、その一方で正気の声は聞き取れなくなっていく(「…」の虫食いに侵されていく)。
リンク:Littlewitch公式サイトの『白詰草話』FFD紹介ページ。Lass公式サイトの『青と蒼のしずく』システム紹介ページでは、デュアル(マルチ)ウインドウシステム、背景アニメーションなどが紹介されている。
ブランド毎、作品毎に多様性があって楽しいところ。
上の引用SSを見比べてみると、いろいろと感慨深い。Littlewitch表現の桁違いのセンス、そして緑茶デザインの――機能的ではあるが――垢抜けなさ、等々。
メッセージウィンドウ多重表示は、スクリプトとしては基本的にはテキスト表示のためのレイヤーをもう1枚(あるいは2枚、3枚…)追加するだけなので、技術的な難しさは無い。
視点人物の切り替え等に対応してテキストボックス周りの形状等を変化させる仕様にしているタイトルは多数存在する。適当に列挙しておくと、ぱれっと作品(多数)、Littlewitch初期作品(アダルトシーンでの切り替え)、『Signal Heart』(視点変更)、『ク・リトル・リトル』(視点変更)、『偽りの教室』、『しこたまスレイブ』(アダルトシーン)等々。AUGUST作品もそうだった筈。
『THE GOD OF DEATH』はさらに興味深い。物語の冒頭で、主人公が一般人として生活している間は、メッセージウィンドウはクールな青色基調のデザインになっているのだが、彼が魔人としての意識に目覚めると、そのデザインはどぎつい赤色基調のそれに一変する。これは、視点の変化ではなく状況の変化(主人公の主観の変化)を、メッセージウィンドウが受け止めているということの現れだという点で、アダルトゲームでもきわめて珍しい演出例となっている。
『ファンタジカル』も面白い。物語の主要部分は、いわば幻想上の世界であるが、19世紀イギリスをモティーフとしたその世界を描いている際には、テキストボックスも重々しく豪奢に縁取られている。しかし、物語の終わりに主人公が元の世界に戻ると、テキストボックスは大きく様変わりし、縁取りのないモダンなインターフェイスになる。
固定テキストボックスの端に突起を設けて、フキダシのような形に見せるものもある。『WHITE ALBUM』『プリンセスうぃっちぃず』『英雄*戦姫』など。『よつのは』もそうだが、これはごくわずかながら多重テキストボックス形式を導入している。
余談ながら、「テキストボックスの手動可動」(つまりテキストボックスの位置を動かせる:例としてCatsystem2エンジン)、「テキストボックスのサイズ手動可変」(つまりテキストボックスのサイズを任意に拡大縮小できる:例として『化石の歌』)というのもある。
テキストボックス変化は、『セイクリッド・プルーム』(TEATIME、2003)にもあった。地の文、立ち絵台詞(フキダシの三角形が出る)、叫び(全体がトゲトゲになる)。3Dタイトルならではの視覚的演出(画面ズーミング、立ち絵拡大縮小など)も柔軟に行われている。
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