2011年10月1日土曜日

演出論的覚書:Ⅳ章4節1款α:立ち絵

  (α)立ち絵について。AVG特有の立ち絵操作や差分表現については、すでに述べた(cf. 1章2節3章1節)。立ち絵や背景画像は、通常は汎用素材と見做され、原則として最初から最後まで同じものが使用され続けるというのが、作り手と受け手双方の暗黙の了解である。

  このような汎用的性格からして、PC用AVGにおける立ち絵素材は、記号的に様式化された表現との間に親和性を持つ(――あるいは、記号そのものである)。とりわけ頭髪色や身長やプロポーションといった外見的特徴によって登場人物の性格造形を視覚的に表象する方法は、現在広汎に普及している。もちろんこれは外見と性格のギャップを与える場合にも用いられるし、また作品の趣旨によっては登場人物をあえて黒髪に統一する場合もある。さらに、複数のキャラクターの頭髪や瞳を同色にすることによって、それらが血族関係にあることを(明示的または黙示的に)表すことも少なくない。また、例えば『恋姫†無双』BaseSon、2007年)は、陣営毎に服飾デザインの統一を図っており、例えば蜀軍所属武将たちの服装は、いずれも羽根飾りや羽根模様があしらわれている。同様に『ヴェルディア幻奏曲』Escu:de、2008年)では、キャラクターの衣装に、各自が演奏する楽器のデザインが織り込まれている。これらはPCゲームに特有の記号的演出であり、現在ではほとんどAVGの標準的文法の一部を成している典型的な技法である。

  他方で、その汎用性の前提を転覆する操作も為されうる。例えば、ストーリー上でキャラクターの外見を変更するのと同時にその人物の立ち絵を全面的に取り替えてしまうことによって、非常に強い印象を与えることができる。実際にも、古典的実例としての『To Heart』の「神岸あかり」以来、髪型を変更するヒロインは幾度となく描かれてきた(註22)。立ち絵素材の記号性を足掛かりにした特殊な演出として、同一の立ち絵画像を用いて双生児、変装者、ドッペルゲンガーなどを表現するものもある。

  立ち絵画像の表示位置は、背景画像との位置関係や主人公の視界として想定されるアイレベルには必ずしも拘束されず、むしろ基本的には機能性を重視した配置で設定されていると考えられる(――この点でも、立ち絵は基本的に記号的性格の強いオブジェクトだと言える)。しかし、空間的写実性を考慮した立ち絵表示や、背景画像とのすり合わせを試みた立ち絵使用なども存在する。前者のアプローチは例えばぱれっと(背面立ち絵、側面立ち絵の使用)、age(立ち絵サイズ変更による距離感表現など)、Purple software(例えば画面端の「見切れ」表現)などによって。また後者の方向性については、背景画像の中へ融通無碍に人物画像を嵌め込んでいく『腐り姫』の試み以来、写実的スクリプトアクションを強化するすたじお緑茶(特に『プリンセス小夜曲』以降)や、緻密な画像組み立てを追求する近年のminoriなどが、精力的に挑戦してきた。これらのアプローチが徹底されれば、「立ち絵/背景/一枚絵」の概念枠組それ自体が廃棄されることにもなるだろう。事実、例えば『痕』Leaf、1996年)の食卓シーンの画面構成は、カラー人物立ち絵とモノクロ背景の対比も相俟って、背景画像の中へ特殊立ち絵を置き入れた構成だとも言え、同時に一枚絵の中で人物部分を差し替える差分表現だと見ることもできる。

註22) 実例についてはErogameScapePOV「イメチェンするヒロイン」を参照。


  【追記コメント】

  リンク:ブログモルガン・ル・フェイクの記事エロゲにおける立ち絵と顔と身体

  一般的な意味での立ち絵――ここではモデル的に、正面を向いた人物の腰上または胸上の状態を忠実に描いた画像であって多くのシーンで汎用的に使用される素材をいうものとする――を一切(またはほとんど)使用していないタイトルも存在する。例えば『とびでばいん』のAVGパート、あるいは初期Littlewitch作品(ただし部分的に顔窓を汎用的に使用している)、project-μ作品、『SWAN SONG』のようなカットイン組み立てアプローチによるもの、そして『だめがね』(10mile、2009年)は全シーンが一枚絵のみで進行するらしいが私はまだプレイしていない。『ゴスデリ』(Lose、2010年)も立ち絵を使っていないというのを売りにしていたらしいけど、これもプレイしていない。このほか、古い例では『days innocent』のような形態もあり、またとりわけSLG作品では立ち絵の代わりに顔窓のみの簡易的な表示で済ませる――そのことによってAVGパートとSLGパートの落差を埋める効果がある――ものもある(例:『忍流』の幕間イベント)。――『だめがね』をプレイしたらこのあたりの概観も本文に組み込むつもり。

  立ち絵のサイズ及び形態も様々である。キャラクターの胸上部分を大きく映すタイプ(バストショット)もあれば、靴先までの全身差分まで利用するものもある。後者をさらに分類するなら、1)全身運動的立ち絵振り付けを行う作品(例:『片恋いの月』『恋色空模様』『とびでばいん』)、2)背景画像への人物嵌め込みを行う作品(例:『腐り姫』『Maple Colors』『AYAKASHI』)、3)抽象的なキャラクター存在表現としてそうしている作品(例:『Forest』)、4)SLG作品等における特殊なキャラクター表示、が区分できるであろうが、しかしいずれのタイプでもバストショットと適宜使い分けるのが基本であって、"常に"全身表示を行っているわけではない。
  2011年現在の多数派的スタイルは、腰のあたりまで(スカートが一部見える程度。地上50~60cm相当)を表示するフレーミングであろうかと思われる。立ち絵の基本サイズが大きい(つまりクローズアップして顔面表示を極力大きくしている)作品というと、さしあたっての印象では『WHITE ALBUM』『KANON』『eden*』、pajamas soft、meteor、LW、UNiSONSHIFT、ういんどみる、SIESTA、RuSKなどがある。これらはスカートが画面内に入らない位置で表示されていた筈。このような大サイズ表示は、どちらかといえば古風で落ち着いたスタイルに思え、またUIデザインについては簡素化志向ではなく審美的装飾性に気を遣っているブランドが多く含まれているように見受けられる(――統計的に確認したわけではないが)。立ち絵表示の小さいものでは、とりわけ小柄なキャラクターや年少者キャラクターの場合に画面下部のメッセージウィンドウにほとんど隠れてしまう場合もある。

  立ち絵(や背景画像)を、昼/夕方/夜の時刻に合わせて色調変化させる場合もある。管見のかぎりでは『誰彼』(2001)、『ONE2』(2002)、『Maple Colors』(2003)、『パティシエなにゃんこ』(2003)あたりが早期に立ち絵時刻差分変化を導入していた。アプローチとしては、プリレンダリング(差分画像をあらかじめ別途作成しておく)とリアルタイムレンダリング(画像表示時にエンジン側の処理によって色調変化させる)の2種類があり得る。他方で背景画像の時刻差分変化では、しばしば複雑な光源変化が生じるため、単なる色調変化だけでは対処しきれない。ほとんどの場合、夕方差分や日没後差分はあらかじめ別CGとして制作されるだろう。



『痕』 (c)1996 Leaf

(図1a/1b/1c) キャラクターが、登場し(新規描画)、立ち話をし、着座し(拡大サイズで下部に表示)、そして立ち上がってこの場を離れていく(ポーズ差分切り替え、位置変化)までの過程が立ち絵の動きによって描写されている。

(図1b) 図1aと図1bの立ち絵画像は、同一の素材をエンジンが加工しているのではなく、内部データとして個別に画像を用意している。しかし、エンジン制御によるものか素材自体をあらかじめ作り分けているかの相違は、(技術史的には意味があるとしても)表現効果において違いをもたらすものではない。

(図1c) 日本のアダルトPCゲームがLeaf Visual Novel series」によって「立ち絵+全画面背景」構成の下で読み物AVGを開始した当初においてもすでに、"正面"立ち絵の"中央"配置はけっして自明ではなかった。むしろその初期においてこそ、柔軟な人物画像利用が見出される。


(図2) 人物画像による着座表現の一例。四人(+主人公)が卓袱台を囲んでいるこの画面は、「柏木家の食卓」の名によっても知られている。画面左端の人物(柏木梓)が側面姿勢のクローズアップで映されている点、その背後に少女(楓)が遮蔽されている点、画面右の少女(初音)が斜め角度で描かれている点、に注目。画面中央の人物(千鶴)の画像は、全身立ち絵を元にしている(上記図1a/1bを参照)。


(図3) 現在我々が認識する一般的な「"立ち"絵」ばかりではない。ここでは、正座している側面角度の人物画像が――もちろんこの場面のみのワンオフ素材――使用されている。次の図4も同様。


(図4) これほど特殊な人物画像使用でも、"現在の""我々は"、これを「立ち絵」に分類せざるを得ない。本作では、一枚絵シーン以外の通常シーンは基本的に「単色背景画像+カラー人物画像」として構成されているからである。カラーといってもわずか16色であるが。

(図5) 立ち絵の表示位置設計による距離感描写の一例。上記図2とは異なってこの二つの人物画像は明らかに汎用の基本立ち絵素材であるが、互いの表示位置を接近させることによって「実際に体をすり寄せていること」を表している。


(図6) 一枚絵(つまり全画面の特別な画像)のシーンでは、このように画面全体が多色CGになる。


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