特定の背景画像がイベントCGにも匹敵する存在感を発揮することも、けっして稀ではない。とりわけ、同一の場所を描いている筈の背景CGが様変わりした時には、際立ったインパクトを与える。例えば『パンドラの夢』や『R.U.R.U.R』(light、2007年)においては、時の経過とともに風景が次第に荒れ果てていく。『パティシエなにゃんこ』では、クリスマスを控えた店内が華やかに模様替えされる。『神樹の館』(Meteor、2004年)では、館の内部がその有様を変じていく。『マブラヴ オルタネイティヴ』、『白銀のソレイユ』、『11 eyes』は、同一世界を元にした非日常的様相に移行する。『腐り姫』では、村全体に赤い雪が降り積もる。同一のロケーションで季節、天候、時間帯等に応じて景色の彩りを変化させるのも、しばしば優れた効果を発揮する。『めぐり、ひとひら。』、『カルタグラ』、『雪影』など、なかでも雪景色差分は好んで用いられている。
背景画像の中に細工を施す実例としては、『青空がっこのせんせい君。』(すたじおみりす、2007年)と『とっぱら』(キャラメルBOX、2008年)がある。両者とも、背景に小型妖怪たちが出没するユーモラスな演出が行われている。『Like Life』にも「L-RTC(ロケーション・リアルタイムクリック)」システムがあり、特定のタイミングで背景の特定箇所をクリックするとおまけアイテム等を入手することができる。背景アニメーションによる演出強化についてもすでに紹介した(cf. 1章3節、3章2節5款)。
【追記コメント】
『FESTA!!』 (c)2005 Lass
(上図:)舞台となる「まほろば市」全体がオレンジ色の境界線によって二つに分割されており、その境界線は学園上にも及んでいる。
※テキストボックスは一時消去してある。以下、テキストボックスの表示されていないスクリーンショットは同様。
(下図:)境界線は、建物内部にも描かれており、学園生たちもそれぞれの所属と領域を巡って衝突することになる。
『はるかぜどりに、とまりぎを。2nd story』
(c)2010 SkyFish
海面上昇により多くの地域が水没しているという設定。その深刻さとは裏腹に、ゲーム画面上には奇妙な美しさが湛えられている。
『蒼海のヴァルキュリア』 (c)2009 anastasia
(上図:)物語の大半は潜水艦内で進行する。架空世界だが、この作品の歴史的状況及び技術水準はおおむね第一次大戦時に相当するものと思われる。
通信士からの通信台詞は、左図のようにカットインで表示される。
(下図:)イベントCGでは、このような画面になる。人物部分にプレイヤーの意識を向けさせるために、ここでは背景部分の密度及び彩度は控えめにされている。通常の立ち絵シーンとイベントCGシーンとで、表現上の意図に応じて着彩の方向性も調整されているのが見て取れる。
(上図:)主人公たちが普段暮らしているのは、このような日常世界である。しかし、突如として主人公たちは、不気味な有様に変貌した世界(中図)に投げ込まれてしまう。
(中図:)この様相は、作中では「赤い夜の世界」と呼称されている。地図や建物は基本的に元の世界のままだが、人間はおらず、代わりに危険な怪物たちが襲撃してくる。
※jpeg変換により画像品質が劣化しているが、本来のゲーム中画像はこれよりもくっきりと見える。
(下図:)「赤い夜の世界」から日常世界に戻る瞬間。このようにガラスが割れ落ちるような視覚演出が施されている。逆に「赤い夜の世界」に突入する際にも、同様の動的演出が挿入される。
『腐り姫』 (c)2002 Liar-soft
(上図:)通常進行時の一幕。背景画像はこのように非全画面タイプであり、その中に比較的小さな人物画像が適宜描き込まれている。同じような人物画像嵌め込みは、ApRioTの『Maple Colors』『AYAKASHI』やminoriの『はるのあしおと』にも見出される。
(下図:)作品の舞台である「とうかんもり」村に、赤い雪が降り積もる。ループシナリオの中で、ゲーム進行の節目毎にプレイヤーは何度もこの場面に遭遇することになる。
『とっぱら』 (c)2008 キャラメルBOX
(上図:)本作の主人公は、妖怪の存在を知覚できる「見鬼」の能力を持っており、このことに対応して、実際に小さな妖怪たちが画面内に出没する。左記引用画像では、画面右寄りの歩道に着衣の猫妖怪(?)が現れている。
妖怪たちは、背景画像ごとに種類と出現位置が決まっているが、ゲーム進行の中でランダムに出没する。プレイヤーがクリックせずに画面を放置していれば、いずれ見ることができる。
(下図:)こちらは、カーテンの下あたりに分福茶釜が登場している。分福茶釜は数秒間佇んでいるだけだが、中には画面内を横切る(移動する)妖怪などもいる。
妖怪出没演出は、本筋のゲーム進行とはまったく無関係であり、主人公がこれらの妖怪の存在にその都度言及することも無ければ、出現如何がフラグ等に影響することも無い。純粋に主人公の「見鬼」設定を体現するための演出作用である。
『恋色空模様 after happiness and extra hearts』 (c)2011 すたじお緑茶
(上図:)精細に作画された背景画像においては、時刻に応じた影の変化も表されている。この上図は日中差分。
(下図:)こちらの画像は、同一背景の夕方差分。日照や射影状況の変化が見比べられる。
さらにゲーム画面の色彩を注意深く扱っているブランドでは、背景画像の差分変化(時刻、天候、照明状態等)に合わせて、立ち絵画像の色調も変化させている場合がある(pajamas soft、Purple softwareなど)。
リンク:ブログ「あをべにブログ」の記事「美少女ゲームの背景とその所見」が、背景画像の有する表現効果について述べている。
背景画像の運用に関して、『マブラヴ オルタネイティヴ』のエンジン(rUGP)は非常に特徴的な試みを敢行している。主人公視界(に当たる画面内視野)が上下左右にパンするのに合わせて、2D背景画像を単純にスライドするのではなく、どうやらその視野の角度変化に合わせて画像自体を遠近法的に3D調整しているように見受けられる。これは[背景画像]造形に関する[写実志向]の[技術的]対処法としておそらくほとんど類例の無い意欲的な試みであろうが、ただししかしそのぎこちない画面のゆがみはプレイヤー感覚としてはあまり気持ちの良いものではなく、さしあたってはサーカス芸的技巧披露の域を出ていないように思われる。ただし、将来的にAVGの背景素材が――換言すればその都度の「舞台」装置を成す大道具が――3D化していく可能性(3Dで造形され融通無碍に拡張利用されるようになるアプローチの可能性)は十分考えられ、そのための里程標的挑戦としても本作の表現空間はきちんと記憶されるべきだろう。
さらに、『恋色空模様 after happiness and extra hearts』(すたじお緑茶、2011年)では、非常に複雑な背景の三次元的拡張利用の試みが見られる。これはおそらく上記『オルタ』とは異なったアプローチで、背景画像それ自体をあらかじめパーツ分割したうえでそれぞれを3D操作していると思われる。例えば、冒頭の生徒会室内での一シーンでは、その舞台を表す室内風景画像は一枚の2D画像ではなく、キャラクター背後の壁面(画像自体は2D)と、手前に見えている長机(おそらく3Dオブジェクト)及び椅子(これも3D)を重ねて表示し、そしてカメラワーク(視野移動)に伴ってそれらを3D描画によって空間操作している。ここでは「背景」画像は、従来のように場所乃至状況を抽象的に表すただ一枚の書き割りなのではなく、必要に応じてよりいっそう柔軟に個別操作することのできる具体的な手触りと奥行きを備えた大道具/小道具としての緻密さを獲得している。
もちろん、このアプローチは純粋な3Dゲームの手法につながっているが、ただ単に局所的な3D導入と見做したり「折衷」と呼んで済ませたりするのは過小評価であろう。これまでアダルトAVGが自己の武器として維持し洗練させてきた2D画像の「品質」要素と、それらをいったん解体し空間的に再構成し拡張利用することを可能にする3Dアプローチの「拡張」要素と、そしてそれらをつなぎ合わせるための精緻なスクリプト技術とによる、瞠目すべき融合の実例である。画像形態における3Dとの混用という側面を見るだけではなく、発達したスクリプトワークが自己の活動領域を拡張していった結果として3D空間というフロンティアにまで到達し得たのだという見方、すなわちスクリプトの次元の重要性はけっして閑却されてはならない(――なお、3D技術それ自体に関しては、あるいは2D表現と3D表現の両立を可能にするエンジンの実験に関しては、2008年発売の3D-ACTGの『マジカライド』がすでに優れた成果を挙げていた。この『恋色 ah/eh』の表現空間も、そうした技術的蓄積の上にある)。
『恋色空模様 after happiness and extra hearts』 (c)2011 すたじお緑茶
(図1~4:)窓側を正面に映したショットから、キャラクター立ち絵が机を回り込んで着席するまでの動きをカメラが追従していく。奥の背景部分(窓-壁-棚)の遠近法的変化と、手前の長机の立体的造形に注目。長机右側のジャギーが逆説的に3Dらしさを窺わせる。
図2~3では、長机の天板だけでなく、その下の部分(側面部)も見えており、角度変化に伴ったその見え方の変化がはっきりと認識できる。
後景部分は、「窓側の面」と「棚のある面」とがそれぞれ個別に2D画像として作成されて、それらが3D箱型モデルの内壁に貼り付けられて動かされている(つまり画像表示全体が3Dでコントロールされている)と推測される。
(図3:)一連の変化の途中状態。ここでも画像のゆがみや品質劣化はほとんど見られず、スムーズな変化が実現されている。
本作のエンジンは「koisys application[1.0.0.0] / (c)2011 K.K.Greenwood」(プログラム:秋山構平)。実質的に「STUDIO SELDOM Adventure System」と同じもの(あるいはその改良版)と思われる。
(図4:)一連の動きが終了した状態。この空間に椅子は2脚用意されており、キャラクター画像が長机と椅子の間にきちんと収まることによって、「着席」が表現されている。
当然ながらキャラクター立ち絵画像も、スクリプトによって複雑に移動しつつ、カメラへの接近に伴ってサイズを変化させている(――おそらく図4が立ち絵原寸画像であり、図1~3では微妙に縮小表示されている)。
(図5:)このように背景を半-3D化することによって、動的演出(カメラワーク表現)に追従できるようになるだけでなく、静的なレイアウト構築にとっても自由度が増す。左図では、仰角構図が、ゆったりと広がった生徒会室の落ち着いた雰囲気を表している。
上掲の例にも見られるとおり、緑茶作品では立ち絵のスクリプトも空間的広がりを考慮して行われている。例えば、複数キャラクターが静止している画面をパンニングさせる――つまり画面全体を横スクロールさせる――場合でも、拡大表示された(つまり主人公に近い位置にいる)立ち絵、通常サイズの立ち絵画像、縮小表示された(つまり遠くにいることを示す)立ち絵は、それぞれ画面上を移動する距離及び速度が異なるように制御されており、それによって正確な奥行きがプレイヤーに感じ取られる。
0 件のコメント:
コメントを投稿